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第1936回例会 【 海外研修報告及び活動報告 】
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第1935回例会 【 我がクラブの奉仕活動について 】―アフガニスタンへの鉛筆寄贈運動―
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幹事報告
委員会報告
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お客様白井通義君(岡崎RC) 梅村順一君(岡崎東RC)山崎達也君(岡崎RC) 岡田吉生君(岡崎城南RC) 服部晃君(岡崎RC) 千賀邦二君(岡崎城南RC) 櫻井敬子さん(岡崎RC) 寄付
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会員107名中出席免除24名 83名中欠席19名 本日の出席率77.11%
【 我がクラブの奉仕活動について 】―アフガニスタンへの鉛筆寄贈運動―
豊橋メイツクリニック院長 三木 隆治 様 (豊橋RC会員)
さまざまな困難を乗り越えてアフガニスタンへの鉛筆寄贈運動を展開致しました。取組みのきっかけは、社会奉仕と言えば国内に限っての事と考えがちですが、恵まれた日本では考えられない悲惨な状況にある国に目を向ける必要性を感じたからです。また、アフガニスタンの教育の場で鉛筆を2本に折って子供たちに分け与えているテレビシーンを見るにつけ、行動しなければならないと感じました。JICAがカブールに6校の学校を建設・再建することを聞き、各校に1万本づつ計6万本を贈呈することに決めました。豊橋RC内外のさまざまな機関の了解を得て豊橋市内の小中学生の協力を得て、使用中の鉛筆などを募りました。結果として12万本程の鉛筆や文具などが集まりました。しかし、運搬して頂ける予定だったある医療団体から医療関係のもの以外は送れないと言われるなど、物資が集まっている中途方に暮れ、またそんな中、会長の急病、副会長の急逝によってトップの指導的機能が果たされない状況に陥ってしまいました。JICAに対し、熱心に訴え陰徳を貫くことで運搬の了解が得られた次第です。豊橋市内の74校中69校の小中学校の子供たちが奉仕する機会を持つことができ、PTAなど多くの人々の協力によってこの運動の目的が達成されました。
| 8 月 分 | 累 計 | |
|---|---|---|
| RI 財団寄付 | 100ドル | 281,956.75ドル |
| 米山記念奨学会 | 10,000円 | 35,666,650円 |
| ニコボックス | 173,000円 | 314,000円 |
クラブ会報・・・・岡崎RC・岡崎東RC・三河安城RC 年次計画書・・・・岡崎RC
岡崎国立共同研究機構より 分子科学研究所・基礎生物学研究所・生理学研究所及び総合の要覧
先日、インターアクト協議会に出席し、車椅子バスケットボール日本代表チーム主将の高林美香さんの講演を聞く機会に恵まれました。生まれた時から障害があり、手術で上半身麻痺か下半身麻痺かの選択を迫られ、下半身麻痺が最高の選択で親に感謝した時から、障害を障害と感じさせない明るさ・気持ち・パワーで普通校に通い、学校の受け入れ体制をも変えさせてしまい、車椅子バスケットボールを始めれば、生れた時からダンベルを持っているというパワーでたちまち日本代表・主将へと選ばれ、会社に入社すれば障害者の為の部署を作ったりと、明るい中にもそのパワーに圧倒されてしまいました。是非ロータリーメンバーにも話をしてもらえないかと持ち前のずうずうしさにも承諾を頂き喜んで帰ってきました。
講師としてお招き出来た時には、その時の自分の気持ちを少しでも分かってもらえると思います。
尚、9月7日(日)には、岡崎中央総合公園で車椅子バスケットボールの試合があり、ブリリアンキャッツというチームで出場していますので興味のある方は応援に行って下さい。
『 人の心を理解する努力 』 安藤幸司
葬祭業、それは「悲しみを理解する事。身近な人が大切な人を失った時に、悲しんでいる人にどんな事をしてあげるべきか」を常に考え業務についています。突然の事故死。事件での死。闘病の上での死。それら死因等に関しての話をしていた時こんな質問がありました。
確かに人が人の悲しみにランク付けをしようという事は、おこがましい事であるかも知れないが、現実には悲しみは人によって差があるのは当然の事であると考えているし、差と言うよりも悲しみは千差万別であり、一つとして同じ悲しみは存在していないと言えないだろうか。
夫が2年癌と闘った。その2年間の間に夫と妻は必ず迎える死について長い時間をかけて語り合い、悲しみながらもお互いが間近にくる死を受け入れた。そして残された時間を後悔する事なく有意義に過ごす事が出来た。
こんな場合もある。小学校に入学したばかりの子供が、自宅に帰って来なかった。捜索した結果、事件に巻き込まれたらしく、近くの山林で変死体となって発見された。犯人はまだ見つかっていない。
確かに、どちらも等しく悲しいとは言えるだろうが、悲しみに差はないと言えるだろうか。
死を迎えたその人と、どれだけの時間を共有したか、1年なのか、10年なのか、30年なのか、また、その間にどの様な関係を持っていたのか。死を迎えた原因は何であったのか。同居していたのか別居していたのか。それによって生活は日常に戻れるのか、孤独になるのかも違うだろう。
悲しみとは心に負った傷であるならば、その傷の深さは人によって違う筈。治るまでの期間も差がある筈であるし、傷が深ければ専門の治療も必要な場合もある。例え完全に治ったとしても、大きな傷跡が残る場合もあり、後遺症が残る場合もある。
― 人の心は絶対に理解する事は出来ないが、理解しようとする努力が大切である ― 葬祭業。
伊藤恭弘君・岩瀬宏隆君・岩瀬嘉宏君・岩月吉男君・伊予田浩君・神谷宏君・川村嘉佑君
春慶弁当・吸物・果物